■父が入院した昨年の年明けからそろそろ丸2年。
入院し何度かの手術をしても年末近くまではベッドの上で仕事ができていたから,父抜き状態になってからはまだ1年くらいだと思う。
それでも昨年は自分の任されている範囲の仕事を進めるので手一杯でそれ以外については父と兄夫婦が相談して進めてくれていた。
昨年は店の移転や販売の古いスタッフが退任したり。著作者等との契約書式を一新したのも昨年から今年にかけての作業だった。範囲といっても状況が変わってくからキリがない。
店は昨年2月に移転して来年で2年になるが父はまだ見ていない。
■今年は更に自分にとって初めてのことばかり。
出版と書籍販売の実務はソレ以前から徐々に移行して、主たる部分は自分の判断で動かさせてもらっていたけれどソレ以外のことの多さ大きさを実感しているこの1年、とくに半年。
他に何をしていたかは見えるトコは見てて手伝うトコは手伝ってたとはいえ、主体としてソレを知ってるかと言えば知らない。
任されていた部分が異なるが誰もが似たようなものだと思う。
みなで協力して父の抜けた穴を埋めつつなんとか来てる。
■勤めを辞めて来たのは今から14年前の1995年秋。
父と兄は営業で出かけるのが仕事,自分の最初の仕事は留守を守りつつアリモノのハードとソフトを組み合わせてDTPを始めることだった。それを5年はしただろうか。
まずは漢字Talk6の頃。インターネット以前の時代でパソ通のNiftyが頼りだった。
漢字Talk8の時代にできた友人の1人が幸運にも手伝ってくれるようになりタダじゃなんだから時給を出しましょうとなって初の社員になるまでになった。
仕事を出してくれる友人もいて彼の紹介で始まったお客が今も続いている。
その間に手書きの出荷伝票を打ち出せるようにしたり集計できるようにしたり。
そんなんでまず5年。みな日々夜遅くまでがんばった。
■それから店の仕事と会計の仕事が同時くらいか。編集と進行もその頃からか。
2法人分の経理は過去6年分くらい遡って3年くらいかかった。店は10年くらいか。本作りはいまだに時間がかかりすぎて要領を得ない。
2000年(書類上は1999年)に共同経営者という立場で社長という肩書きをもらえたが出過ぎたマネをせず(というかできるものではない)任されていた仕事をその範囲を徐々に広げながらコツコツとしてきた感が強く兄が代表から抜けた一昨年あたりから経営者っぽい動きが増えてきた。肩書きと実態はどっちが先かわからないところがある。
引き継ぐとか覚えるとか言葉はシンプルだけど,作業ならともかく仕事ってその人なりの形でしかできるものではなく,かつその形でできるとは限らないからどの形かつくっていくのに学ぶものも多いし失敗も多く時間がかかる。
15年かけてそれだけなのか,そんなもんなのか,それは良くワカラン。
その間に印刷の事業が兄のカイシャに変わっていく過程が見られたのは学ぶものが多い。
■今年は父の病気もあり,また新しいこといろいろとせねばならぬ年だった。
自分が任されてきた部分の全体がどうなっているのか,他になにがあってどう回っているのか,目前で見ることができた年だった。
自分の手に乗ってきたものはずいぶんと落とした。
それらは思い掛けず重い感じ。
とにかく時が過ぎ拾えぬまま1年が経とうとしてる。
人それぞれ,好きや嫌い向きや不向きがあるからメンバー構成が大きく変わるとそれまでされてきた仕事たちがその中で消化されて行くにはまたずいぶんと手間と時間がかかるだろう。
自分ひとりの力ででどうとなるものでなく結果どこへどのような形になっていくかも決めてかかれるものでなく。
来年もあいかわらずキホンは根気。
2 件のコメント:
munetcさんの今年1年の頑張りぶり…文章からずしんと伝わってきました。
大変だと思いつつ、考えてる間もないから、とりあえず進む…動く…
その繰り返しで、いつの間にか会社もmunetcさんも大きくなっていかれるのですね。
来年もますますのご発展、心より祈っております。
>misaさん
淡々と「したこと」「思ったこと」を書き留めたいと思っているのにタマにこういう濃いコト書くのは凹んでるときなのでコメントありがたいです。
そうですねそのようになればホントいいです。
ことしもよろしく。misaさんにも幸ありますように。
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