Twitterのログ以外のエントリーはすっかりご無沙汰になってしまった。
■父が他界したのが7月20日の水曜日,当然,翌日の木曜日から「木曜泳ごう会」と「マスターズ45(モクマス)」には参加しなくなった。
昔は四十九日が明けるまでは忌中で,外出を控えて室内にこもるという習わしというか常識があったようだが,現在の都会ではそうでもない。
冠婚葬祭,祝祭儀礼,社会学的に言えば,ハレがケに紛れ込んでる。
自分も決まりだからとか,周囲の目を思ってというわけではなかったが,それどこじゃない,ってトコから,出ようかと思いつつ当日になると気乗りしない,というのを経て,7月28日,8月4日,3回分を休んだ。
■まずは友人知人の前に出るのが気乗りしない。というか内面的にメソメソしてる。きっかけがあれば泣きそうになるかも知れない。さすがに人前で泣きはしないだろうが。葬式の2日でたくさん泣いたし。
うん,友人にあったとしても,素直に笑えないというか,なら,どんな顔をしたらいいんだろ,わからなくなる感じで。
都会ぐらしだと外出することは友人知人に会うことや言葉を交わすこととイコールではないから,それでも日常に違和感なく暮らせる。ひとりで泳ぎにも行ける。
次には,事情を知る友人にちらほら会う可能性がある場にも行けるようになる。
その次に,事情を知らない友人にも合う可能性がある場にも行けるようになる。
そして,事情を知るも知らないも,みんなでワイワイするような場所に行けるようになるのはそのあとになる。
自粛するのではなく,そういう気分にならないし,なれない。そのようにできているらしい。
おいでよ,という言葉は本当にありがたいし,自分も行きたいので行くよと言うのだが,結局はその約束を破る形になる。そんなことが何度かあって,8月11日の木曜日,いよいよ「木曜泳ごう会」に参加してきた。
お盆休み期間に入って,出社したものの朝からずっと1人きりでいられたから仕事に追われることが無かったからでもあるだろう。
■父の病状がいよいよ芳しくなくなって来た頃から,スクーターを移動の足にしていた。
毎週末はもちろん,平日にも1日おきくらいに父の様子を見に行ってたし,行くってことは夕食して泊まって朝食してくるってことだったし,それ以外の日だって,なにかのときにどこからでも駆けつけたかったから。
もっと以前より徐々に自転車や電車にのる機会は減っていたので,運動不足の期間はもっとずっと長くなる。
すっかり太ってしまった自分のためにもこのお盆休みはできるだけ移動手段に自転車に乗ろうとも思っていた。
こういうときくらい大幅に早めに会社を出て,向こうで時間をつぶすもてあますってのもやってみたいと思っていたのだが,出かける用事があるとその前の仕事に身が入るもので,バタバタと片付けて出た時間はいつもと大差なかった。
■18時半からの「泳ごう会」に18時半頃に会社を出て,自転車すっとばしてひと汗かいて,20分せずに雑司が谷体育館プールに着けば,まだ準備体操の最中。
自分なら「きょうは早く来たね」と言われるくらいの時間だ。
ホントは,ロビーでたまってられる時間に行って,それなりに馴染みたかったんだけれどさ。
(つづく)
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